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何もかも「手遅れ」な親父 1

 

やり場のない思いからこのブログを始め、少しでもスッキリすればいいかなということで書こうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両親が離婚した。

 

僕が社会人になってすぐの事。ギャンブル狂いの親父に母は限界を迎えた。退職金も遊びに使いそうな勢いで更生の余地なしと判断した。熟年離婚ってやつ。ドラマによくあるような単語。

 

母と妹と一緒に4人でずっと住んでいた借家から引っ越した。親父はほとんど帰って来ないから居なくなったことに気付くのはもう少し後のことだと思う。僕らは夜逃げみたいに家から消えた。

 

新しい家はかなり近場で、中学までの通学路の途中だった。広さは2部屋にキッチン。3人で暮らすには不自由のない広さ。家具を叔父と僕を赤ん坊の時から知っている叔父の友人の手伝いにより難なく引っ越しは完了した。

 

数日後、母に親父から電話があった。しかし出るわけにはいかない。今更慌ててももう遅い。母は酷く迷惑そうにしていた。

 

父は居なくなってから色々気付いたらしい。しかし、妹の学費を振り込む約束に応じていない。誠意がないことに母は腹を立てていた。

 

社会人になって始めての夏。

研修が終わり、ようやく家から通えるようになり、自宅で過ごす時間が増えた。新居ということもあり、気持ちも高揚していたのを覚えている。新しい仕事に新しい生活。

 

新居の生活にも慣れ、少し経った。前の家の大家さんから母に電話が入った。家の荷物を撤去するから必要な物があれば取りにおいでとのことだった。話を聞くと、親父は家賃を払っていなく、滞納が続いた為、強制的に追い出されるとのこと。大家さんは長い付き合いで、こちらの家庭の事情もよくわかっていた。そのこともあり、母に請求関係は一切しなかった。

 

久しぶりに旧我が家を覗いてみると、床は汚く、シンクにはいつから洗ってないのかわからない食器が積み重なっていた。おそらく親父は全然帰ってきていない。そうすぐに分かるような状況だった。しかし服は干してあった。あの親父でも洗濯は出来るようだ。

引っ越しの時にあらかた荷物はまとめたけど、忘れ物があったので襖の奥の方を漁り、懐かしい昔の宝物を少し袋に詰め僕らはその家を出た。

 

数日後、旧我が家の物は産業廃棄物処理の業者により綺麗サッパリ無くなった。親父は結局戻らず、何も持たずして家の中が空になった。

長年暮らした我が家が綺麗サッパリしてしまうと、少し虚無感があった。

それより親父はどこで何をしてこれからどうするのだろうか。

 

そんな出来事から一年が経ち、妹も社会人になり、我が家はお金に余裕が出来た。僕は初任給や月々の給料にボーナスを入れていた。妹が働けばもっとマシになる。金銭的に苦しかった家計もようやくマシになる兆しが見えた。

 

そんなとき、母の携帯に親父から電話が入った。